北京三潴
2008年4月に北京市草場地区にギャラリーを開廊して、3年目の5月に中国人作家DAICHAOの初個展を
開けることになったのは、大変嬉しい。
ギャラリーをオープンした当時は世界の現代アート市場は、この繁栄が未来永劫続くかのような勢いだった。
もちろん中国人作家の作品価格もうなぎ昇りで、香港のサザビーズやクリスティーズでは、次々にオークション
レコードを塗り替えていた。
僅か2年前の話である。

北京におけるアートシーンも、798藝術特区では、新しいギャラリーが続々とオープン。
賃料も高くなり、一部の有力なギャラリーをはじめ、新規にオープンする画廊は草場地区周辺にも開設されだしていた。
しかしながら2008年の9月に米国に端を発したサブプライムローンの破綻は、大手銀行、フアンド、企業、
大口個人投資家、を窮地に追いやり、リーマンブラザースの倒産を惹起した。
そして世界の経済市場は一気に未曾有の大不況に突入して行った。

798や草場地区のギャラリーは次々に閉鎖、撤退。
世界のオークションでは、作品の不落札が増え、価格は暴落した。特に中国人現代作家の価格暴落は厳しいものだった。
90年台初頭に日本のバブル景気の破綻を経験してきた私は、アートマーケットの沸騰に警戒心を強めていたので、
作品価格暴落の被害は発生しなかった。
私が北京に画廊を開設したのは、既に高騰していた中国人作家を取り扱うためではなかった。
東京と比較すると、大幅に賃料の安い北京に天井高のある大型の画廊空間を持ちたかった。
また中国人若手作家を見つけ、育て、世界に紹介する目的だった。もちろん東京ミヅマの所属作家の
展覧会を北京でも開催して、アジアのアートマーケツトの中心に成長するであろうと思われた、この北京の地で
紹介したいと考えたからである。
急成長していた北京の地に画廊を開きベースを築きたかったのである。

しかしながらリーマンショックはアート界にも不況の嵐が襲い、忍耐の時がやってきている。
もともと好況は一番最後にやって来て、不況は真っ先に来るアート市場である。
人々の基本的な生活には不要なアートは、不況になれば省みられないのは致し方の無い業界なのである。
しかしながら、好況時代よりも不況時代のほうが良い作家が生まれるのである。
作家たちも直ぐ作品が売れると、製作に対する真摯さを喪失して、売れ筋狙いの作品ばかり量産するように
なり、藝術とはほど遠い、アートのアウラを失った作品が市場に溢れ出す。

精神性を喪失しては、たんなる商品でしかない。
こうしたものは長続きしないことは歴史が証明している。
私は流行も市場のトレンディな作家には興味がない。
またマンネリズムに陥った量産作家にも興味はない。
コンピュターや複製技術が飛躍的に進歩した現代においても、あくまでも自分の手を通じて制作にこだわり、
細部に神が宿るような作品を作る作家が好きだ。
こうした作家こそ、この浮沈の激しい現代アート界の中でも、生き残り、後世にもその価値を評価され、
歴史に名を刻めるアーティストになると確信している。
これは日本でも中国でも同じ視点で作家の発掘をしている。

中国においては文化や言葉の違いで、作家とのコミニュケーションを取るのは困難ではあるが、
北京三潴の中国人スタッフらの力を借りながら、才能探しを続けている。
13億人が居住するこの中国は才能の宝庫である。
しかしながら目先の成功を追わずに自分のスタイルの確立とより精度の高い作品を制作している若い才能に
出会うのは、この中国においても至難ではある。

幸いにも今回の個展作家のDAICHAO、次回の個展作家DUKUNは、私の眼がねにかなった素晴らしい作家たちである。
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DAI CHAO, Telling Stories, 2009, oil on canvas, 270×110cm

2年間で二人の才能に出会えたのは幸せなことである。
作家も画廊も一朝には成功も大成もしない。
時間と忍耐がなによりも必要な世界なのである。
ようやく歩き始めたばかりの北京ミヅマではあるが、この草場地区にも再開発の計画が持ち上がり先行きが
心配な状況ではあるが、前へ一歩一歩進む決意である。
皆様方の暖かいご支援に感謝します。  

MIZUMA & ONE GALLERY |三潴画廊 ディレクター
三潴末雄
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by mizuma-art | 2010-05-06 14:11
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